それって何ですか? 言われて気付いた伝わらない本当の理由 ~ペライチ、ガッチャンコする、が通じない理由と前提共有の話~

『それって何ですか?』――その一言が、私の当たり前を見直すきっかけになりました。
日々業務における会話の中で小さなズレが、思いがけず大きな気付きにつながることがあります。
自分では当たり前だと思って使っていた言葉が、実は相手にとっては“初めて聞く言葉”だったというズレから、社内のコミュニケーションについて考えさせられました。
1.小さなズレに気付いた瞬間
部下との会話において、資料作成を指示した際に「顧客説明用に“ペライチ”で作成して欲しい」と依頼したのですが、即座に部下が「それって何ですか?」と返したのです。
その瞬間、“ペライチ”という単語が自分の中での“普通の言葉”だったことに気付きました。
こういった言葉を通じる前提で話していたのは自分だったのです。。。
2.おっさんビジネス用語という謎の共通言語
ペライチの意味は「ペラっと一枚で作られた資料、説明資料など」を指す言葉です。
調べたところ、中高年層以上が職場で使う独特の言い回しや慣用句の総称として、
“おっさんビジネス用語”と呼ばれるビジネス用語群に類される言葉でした。
例を挙げると次のようなものがあります。
| 用語 | 意味 |
| エイヤ | 勢いで行う様子 |
| 一丁目一番地 | 最重要課題 |
| ガッチャンコ | 複数のものを一つに組み合わせること |
| テレコ | 互い違いになっていること |
| 握る | 関係者との間で合意を得ること |
| ポンチ絵 | 概略図、構想図 |
| よしなに | いい具合になるように、よろしく |
| ざっくばらん | 率直な様子 |
| ダマでやる | 秘密裏に進める |
では、こうした言葉はなぜ職場に定着したのでしょうか。
3.なぜ成立していたのか
おっさんビジネス用語は、昭和~平成期のビジネス現場で生まれました。
当時は口頭で指示・連絡するようなスピードを重視する現場環境文化の中で生まれ、培われてきたのです。つまり「説明を短縮できる関係性、環境」を前提として成り立ち、説明の圧縮性がある“雑な言葉”ではなかったのです。
4.なぜ今ズレるのか
ではなぜ、“雑な言葉”ではないのに通じないのか。
それはコミュニケーションの取り方にズレがあるためと感じました。
コミュニケーションの取り方については、若手世代は、テキストベース、明確性、再現性を重視します。
一方で従来の世代は、文脈、経験、察する能力を前提にします。
例えば、若手が「ペライチ」と言われて戸惑うのは、言葉の意味がわからないというより、「どのような完成度を求められているか不明瞭」だからです。1枚なのか、1スライドなのか。ラフで良いのかそれとも顧客に提出できる品質なのか。
言葉の裏にある期待値が共有されていないことが、実務上のズレにつながります。
実際、「ペライチで」と依頼した資料が、
・詳細な説明がみっしり詰まったA4資料で出てくる
・PowerPoint1枚の箇条書きで出てくる
という受け手によって解釈が大きく異なるケースがありました。
どちらも間違いではありませんが、期待とズレが大きくなると手戻りが発生します。
問題があったのは単語の意味ではなく、「共有している前提の差」になり、そのズレから通じなかったのです。
だからこそ、今回部下が「それって何ですか?」と聞いてくれたことに大きな意味がありました。
5.聞けたことの価値
今回、「それって何ですか?」と聞いてもらえたこと、その状況自体に非常に価値があったと考えています。でも実際には若手からは聞きづらい、今更聞けない、分からないまま進むといった状況も多いと実感しています。
若手が「それって何ですか?」と聞きづらい背景には、
・知らないことを恥ずかしいと感じる心理
・忙しそうな相手への遠慮
・「聞かなくてもやりとげなければ」というプレッシャー
といった要因が考えられます。
これは能力の問題ではなく、環境の問題でもあると認識しています。
だからといって、「わからないまま、ペラっとガッチャンコされるのが一番危ない」
では、このズレに対してどのように向き合うべきかを考えました。
6. どう向き合うか
若手に迎合し同じ用語で話すことも考えましたが、いびつな関係性となることから、どこかで破綻を迎える。さりとて“用語を押し通したのでは、若手との断絶が深まるばかりとなる。
至った結論は“用語を全部廃する必要はない”でした。
ただし通じる前提で省略せず、翻訳の一言を添えることが大事!
例えば、次のような一言を添えるだけでも、認識のずれは大きく減ります。
・「ペライチで」→「1枚で全体像が分かるように、顧客にそのまま出せるレベルで」
・「ポンチ絵で」→「ざっくり構成図、15分で作れるラフでOK」
期待値の定義を一言追加するだけで、コミュニケーションは格段にスムーズになります。
少しのズレでも手戻りが発生すると、数時間以上のロスにつながることがあります。だからこそ、一言を追加するだけでも時間コストを大きく削減できる、最も手軽で効果の高い投資と言えるでしょう。
7.前提の違いを許容する寛容さ
イタリアの慣用句に「我々は皆どこかおかしい」というのがあるのですが、個々人で様々な違いがあることを表現しつつ、笑い飛ばすように許容していると感じるおおらかさがあり、個人的に大好きな言葉です。
そんな言葉から言いたいことは
・世代ごとに“普通”が違う
・自分の当たり前は相手の当たり前ではない
大事なのは矯正ではなく、すり合わせです。
「ペライチで済ませたいなら、まずは一言添えるところからなのかもしれない」
コミュニケーションの取り方はどのような世代、老若男女問わずに難しいものですが、用語については、話す側は使いたい用語を使う。ただ説明をもれなく添える。
聞く側は寛容を以て聞き、わからなければ率直に聞いてみる。
いっそ言葉は変える必要はありません。ただ、伝え方は変えられる。
「それって何ですか?」から始まったこの気付きが、 少しでも現場のすれ違いを減らすきっかけになれば嬉しいです。

