地震雷火事親父

春になると若い社員さんと話をする機会が増えてきます。
先日、何気ない会話の中で、阪神大震災の話が出た時に、もう、生まれていない世代になってきたことと、
そんな新入社員と話している自分の年齢に驚きを感じました。
1995年(平成7年)1月17日5時46分52秒 1.17阪神・淡路大震災
その当時、15日が成人式で、14日(土)、15日(日)、16日(月)と三連休があり、
いつものように、さぼってしまっていた私は、明けの17日その日に納品する仕事が終わらず、徹夜で仕事に追われていた最中に、それはやって来ました。
いつも決まった寝床で寝ていたはずの、当時飼っていた犬が、数分前に起きてきて自分の椅子の下で震えて丸くなっていたことに、
不思議に思ったことを覚えています。
地震発生時、揺れと同時に、ほぼ、一瞬で停電になってしまい、真っ暗な中、今までにないような長い時間の大きな揺れで
自分がどんな姿勢で耐えていたかも覚えていません。
揺れが収まった後、まずは、外に出ようとして玄関を目指しましたが、真っ暗な上、なぜか玄関までの廊下がふさがれてしまっており、
たどり着くことができなかったため、二階の開きにくくなった窓をこじ開けて、なんとか屋根から飛び降りる形で外に出ることができました。
余震で、揺れが続く中、真っ暗闇の家の中という狭い空間から出たことによる安堵とともに、朝日を浴びて徐々に露わになっていく、
今までそこにあったものが瓦礫となってしまっている、光景に驚愕したことをよく覚えています。
その後は、ニュースにもあるように、余震の連続、大火災、友人の死、混沌な混乱、避難所生活、人のやさしさ、人の見苦しさ・・・
たった数分の地震が全てを変え、経験させられた感じでした。
あの日、あの時のことは、良いことも悪いことも、私の人生の中の1つの転換点になっています。
先人の言葉で、怖いものを順に並べた言葉として、「地震・雷・火事・親父」と言われています。
私は、経験するまでは、地震なんて一番なんて考えたことがなかったのですが、今では、たとえ小さな地震でも、
背中が身震いを感じてしまうようになりました。
人生を変えたあの日のことを、神戸に生まれた私は、忘れることはありません。

